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4/23 1100万件。
本日、松山大学の伊藤先生ご提供の「外交時報」戦前総目次の搭載が完了。
同時に、搭載件数が1,100万件を突破しました。一応の区切りです。


4/17 「編集後記」「彙報」の重要性
多くの「目録」には、「当然」編集後記や彙報の類は採られていません。
しかし、それらが意外に重要な意味を持つことは、つとに指摘されることです。

「史蹟と古美術」という雑誌があります。その総目次についてWebcatでは、以下のように表示され「出版」されたかのようになっています。

史蹟と古美術 / 國史普及會史蹟踏査部 [編]<シセキ ト コビジュツ>. -- (AN00373923)
1巻1号 (昭3.8)-. -- 京都 : 國史普及會史蹟踏査部, 1928-
注記: 史蹟と古美術總目録及索引(自第一巻第一号至第廿巻第五号 昭和十三年六月刊)あり ; 奥付による編者表示: 國史普及會 [編輯]
著者標目: 国史普及会<コクシ フキュウカイ> ; 国史普及会史蹟踏査部<コクシ フキュウカイ シセキ トウサブ>

しかし、NDLOPACでも存在は確認できないし、独立した総目次ではなく巻末付録のようなものかとNDLの当該雑誌をチェックしたけれど見つかりません。『日本雑誌総目次要覧』にあたっても見当たらない。1-21巻の全巻そろいを持つ大学のOPACを検索してもヒットしない。
これは、Webcatの記述が何かの間違いかもしれないとあきらめかけたとき、「史蹟と古美術」の21巻1号の「編集後記」に◇本誌の百号記念たる総目録は六月中旬発送大歓迎を受けて居る◇とあるのを見つけた。
これで実際に出版されたことは確認されたので、さらに調査をすすめたところ、本誌そのものは虫食い所蔵だが大阪の中之島図書館一館が所蔵することを確認した。

目録やOPACばかりに頼っているとWebcatのほうが間違っているとおもって調査を終えてしまうところだった。
本当に「有効」なデータベースとしては、彙報や編集後記もきちんと採録し、表題から内容が推測できないこうしたものにこそ「抄録」が必要なのかもしれない。


4/13 出版権というもの
「復刻出版」が出版権を主張する根拠はなんだろうか?

元来、復刻出版の多くは「出版権」の消滅したりオープンなものを扱うことが多い。その場合、復刻出版社が原出版物の「出版権」を主張することはできるのであろうか?
出版権は消滅した(オリジナルの出版社が現存しない)が、著作権は消滅しないケースはありうる。しかし、原出版社(消滅している)でも著作権者でもない復刻出版社が「出版権」を主張するのは少しずうずうしいといわざるを得ないのではないか。
出版権の消滅した出版物は、いわば公共財であって一私企業の私有物ではないはずである。復刻はいわば「公共財」をビジネスに使わせていただいているとして謙虚にふるまうべきだと思っている。
(復刻出版社が苦労して集め、修正を施した「版面」を使って海賊出版をするのは、「版面権」の侵害として別な話である)

したがって、このデータベースの場合、基礎になった『雑誌記事索引集成』120巻を使って、どこかがデータベース化したとしても、弊社に口を挟む権利はないと理解していた。弊社では手に余る仕事なので、某機関に、「権利」など主張しないから『集成』を自由に使って「世のため人のために」データベース化してくださいとお願いしたこともある。
しかし、どこもなさらなかったので非力をも省みず弊社で取り組むことになったわけである。

具体的には、某社が版権オープンの雑誌を復刻している。その同じ雑誌の「目録」部分を『集成』にも、データベースにも収録した。もちろん復刻出版社には「お断り」する理由はない(原出版社および著作権者を無視するということではない、オリジナルを編纂出版された原出版社に対しては出版人として尊敬の念は他に劣らないと思っている)ので、『集成』のときも今回のデータベース化に当たってもお断りはしていない。

また、「フェアユース」という概念からいっても、復刻出版社が著作権法の範囲を拡大して過度に権利を主張することは、文化や学術の発展を阻害する行為に他ならない。

ちょっと、いやなというか「男らしくない」噂を耳にして一言。

ご意見をお聞かせください。
http://zassaku-plus.com/send_comment.php
または、
fuji@libro-koseisha.co.jp


4/10 小さな一歩
早稲田大学の加藤茂生先生から論題「高砂族の自殺」の誤記をご指摘いただいた。この出典は「労働科学年鑑(昭和19、20、21年版)」で、データに巻号はあるが刊行年月日を持たない。それで、刊行年月日と「抄録」の執筆をお願いした。その結果、データは以下のように充実した。

論 題 高砂族の自殺
著 者 奥村二吉
掲載誌 台湾医学会雑誌
巻 号 42-2
刊行年月日 昭和18年2月28日
抄録 1936年から1940年にかけて奥村二吉(台北帝大医学部精神病学教室 助教授)が警務局理蕃課の協力を得て、台湾原住民の自殺者の調査を行った結果に基づく論文。【抄録執筆】2009.4 加藤茂生(早稲田大学 人間科学学術院 科学史・科学論研究室)
出典 労働科学年鑑(昭和19、20、21年版)

このデータベースは、まず過去の資産を搭載し、その種が尽きたら独自にデータ作成を行う予定。しかし、過去の資産といってもそれだけで厖大でいつ終えるとも知れない。
2次資料からだから、正確に「再現」しても元になる目録自体の間違いや誤植もあり、記述の不十分なもある。

ユーザーの皆様にお願い。

ぜひこうした形でデータの修正や充実にご協力をお願いします。
「詳細画面」上部に、専用のメールフォームがあります。


3/31 「外交時報」戦前期総目次
戦前期の「外交時報」総目次を日本図書センターから出版している、松山大学の伊藤信哉先生から同誌のデータをご提供いただけることになった。
http://www.s-ito.jp/home/research/rd/
現在、搭載しているのは「主要目次」なので、入れ替えると格段に精緻なものになる。搭載に快く同意いただいた日本図書センターの高野社長と担当編集者の方に感謝いたします。

また、戦後の「外交時報」はNDL「雑索」において完全に採録されていない。

☆外交時報(外交時報社)Z1-27 111(1)[195211] ~ 112(1)[195301],(1329)[199606] ~

戦後の復刊1号である1952年(昭和27年)11月から翌年の1月まで2ヶ月間採録したのみで1996年まで44年間空白がある。また、「外交時報」は再度の採録開始の2年後の1998年9月、1351号を限り休刊しているので、戦後はほとんど採録されていないことになる。
そこで、伊藤先生に監修いただいて、戦後版も入力することにした。

今後とも愛知大学東亞同文書院大学記念センター様、伊藤先生始め、機関・個人に限らずこうした相互にメリットのある協力関係を積極的に構築して行きたいと思っています。
ご協力お願いいたします。

戦前版「外交時報」の完全搭載には1ヶ月くらいかかる見込み。
戦後版は未定です。